爽やかな笑顔の奥に秘められていたのは、日々の鍛錬で磨き上げた肉体と、揺るぎない意志。今回密着したのは、海上自衛隊横須賀基地に所属するTさんです。
日々の任務に向き合いながら、限られた時間を使ってトレーニングを続ける毎日。体を鍛えることは、Tさんにとって単なる趣味ではありません。仕事も、体づくりも妥協しない。その強さは、いったいどこから生まれるのでしょうか。
「脱いだらすごかった」爽やかな笑顔から一変、トレーニングが始まる

穏やかな表情でトレーニングルームに立つTさん。
ところが、ダンベルを握った瞬間、その空気が変わりました。片手に持つのは、30kgを超える高重量のダンベル。ゆっくりと胸元まで下ろし、再び押し上げていきます。行っているのは、大胸筋の厚みをつくるダンベルプレスです。
反動に頼ることなく、狙った筋肉に負荷をかけながら、一回一回を丁寧に繰り返していきます。

窓から差し込む光を受け、大胸筋から肩、腕にかけてのラインがくっきりと浮かび上がります。
そして、ダンベルがトップポジションに到達すると、ピタリ。高重量を扱いながらも、左右の動きはほとんどぶれません。
爽やかな笑顔からは想像できなかった、鍛え上げられた肉体。しかし、本当に驚かされたのは、その体だけではありませんでした。
まるで翼を広げるように――背中に刻まれた日々の鍛錬

続いて取り組むのは、チンニング。
バーを握り、自らの体重をゆっくりと引き上げていきます。その瞬間、背中に大きく広がる広背筋。
肩甲骨の周辺に複雑な筋肉の動きが現れ、くっきりとした逆三角形のシルエットを描きます。
勢いに任せるのではなく、背中の筋肉を使って自分の体をコントロールする。まるで翼を広げるようなフォームです。
現在の体重は約70kg。オフシーズンの体脂肪率は約14〜15%ですが、大会前のオンシーズンには7〜9%程度まで絞り込むといいます。ここまでの肉体をつくるのに、一体どれほどの年月を費やしたのでしょうか。
そう思って話を聞くと、意外な答えが返ってきました。本格的にトレーニングを始めてから、まだ1年あまりだというのです。
筋トレ歴わずか1年。忙しい任務の合間に、なぜここまで鍛えられた?

Tさんが普段トレーニングしているのは、基地内にあるトレーニングルームです。
現在は週5〜6回。
とはいえ、仕事をしながら毎日まとまった時間を確保できるわけではありません。そこで活用しているのが、昼休みや勤務後の時間です。
「トレーニングは特別なことではなく、生活の一部です」
もともとは友人に誘われたことがきっかけでした。それがいつしか、歯を磨いたり食事をしたりするのと同じように、日常の中に組み込まれていったといいます。
1日およそ1時間。決して長い時間ではありません。だからこそ、その1時間を集中して使い切る。
その小さな積み重ねが、現在の肉体と自信につながっています。
「時間がない」を理由にしない。Tさん流“続けられる仕組み”

「仕事が忙しくて運動する時間がない」「仕事が終わったら疲れてしまって続かない」
そんな経験がある人も多いのではないでしょうか。Tさんも、自由に使える時間がたくさんあるわけではありません。
基本にしているのは、昼休みの約45分と勤務後の1時間。一度に長時間を確保するのではなく、日常の中にある短い時間をうまく使っています。そして、継続するために大切にしているのが、トレーニングを始めるまでの心理的なハードルを下げることです。
職場や自宅など、できるだけ移動に時間をかけず、日常生活の流れの中に運動を組み込む。
「まずは行ってみることが大切です。軽い運動でも、続けることで習慣になります」
最初から完璧を目指さない。まず始める、そして続ける。シンプルですが、それこそがTさんの体をつくった習慣なのかもしれません。
トレーニングを続けることで変化したのは、肉体だけではありません。Tさんは、筋トレで身についた考え方が日々の任務にも生かされていると話します。
「例えば、ジムで使いたい器具が空いていない場合、同じ効果を得るために別の方法を考えます」
予定していた方法が使えない。そこで諦めるのではなく、「では、どうすれば同じ目的を達成できるか」を考える。
「この“代替案を瞬時に見つける力”は、仕事にも通じます。一つのやり方にこだわらず、状況に応じて最適な手段を選ぶ。その柔軟な思考が、任務を確実に遂行する力につながっていると感じています」
筋肉を追い込む時間が、思考まで鍛えていく。
Tさんにとってトレーニングは、単なる体づくりを超えた自己研鑽の時間になっています。
強い体を支えているのは、特別ではない“毎日の食事”

トレーニングと同じように大切にしているのが、日々の食事です。
中心となるのは、鶏肉や卵、野菜。
特別な食材に頼るのではなく、体に必要な栄養を毎日確実に摂ることを重視しています。
食事は1日の中で複数回に分け、プロテインも活用。
現在、たんぱく質は体重の約2.3倍となる1日約160g、オフシーズンの炭水化物は1日約300gを目安にしています。
一方で、すべてを厳しく制限しているわけではありません。
「時には、ラーメンを食べて気持ちを切り替えます」
そう話すTさんの表情には、いつもの爽やかな笑顔が戻ります。長く続けるためには、心まで追い込みすぎない。
ストイックさとリフレッシュ。そのバランスもまた、継続するための大切な要素です。
さらに入浴やストレッチなどで体を整え、次のトレーニングや任務に備える。鍛えるだけではなく、休むことまで含めて体づくりなのです。
「自分を高め続けられる」海上自衛隊で見つけたもの

高校卒業後、「体を動かす仕事に就きたい」と考えていたTさん。
そんな時、周囲から勧められたのが海上自衛隊でした。
実際に入隊して感じたのは、任務を遂行するための能力だけではなく、一人の人間として成長し続けられる環境だったこと。隊員同士が互いに刺激を受けながら切磋琢磨する。
その中で培われるのは、体力だけではありません。
規律、責任感、そして仲間との信頼関係。
日々の仕事を通じて、自分自身を高めていけることに大きな魅力を感じているといいます。

基地内のトレーニングルームでは、さまざまな隊員が汗を流しています。
「こうやるといいよ」
「あと1回、いけます」
そんな声が自然と飛び交います。
任務中とは少し違う空気の中で、互いに励まし、教え合いながら体を鍛えていく。
「トレーニングを通じて新たな一面を知ることも多く、階級や所属違い、性別に関係なく自然と連帯感が生まれます」
一人で自分を追い込むように見える筋力トレーニング。しかし、その場所には仲間との新しいつながりも生まれていました。体を鍛える時間が、組織の結束まで強くしているのです。
Tさんには、任務とは別にもう一つ、追い続けている目標があります。
フィジーク大会です。
2025年、トレーニングの成果を試すため初めて大会に出場。結果は、準優勝。
本格的にトレーニングを始めてからわずか1年あまりでの結果でした。
しかし、本人はそこで満足していません。
「次は優勝を目指します」
視線の先にあるのは、次の大会。目標達成に向け、トレーニングや食事管理をさらに細かく調整していきます。そして将来的には、「自衛隊の枠を超えた大会にも挑戦したい」と話します。
一つの目標を達成すれば、また次へ。Tさんの挑戦は続きます。
日本の海を守りながら、自分の限界も超えていく

日本、そして世界の海を守るという大きな使命を担う海上自衛隊。
そこは国防の最前線であると同時に、隊員一人ひとりが自らの能力を高め続ける場所でもあります。
厳しい任務に向き合いながら、自分で掲げた目標にも妥協しない。爽やかな笑顔の裏側にあったのは、派手な才能ではなく、毎日の小さな積み重ねでした。
自分を律し、昨日の自分を少しずつ超えていく。
Tさんが積み重ねてきた一回一回のトレーニングは、強い体をつくるだけでなく、日々の任務に向き合う力にもつながっています。
爽やかな笑顔と制服の向こうにある、地道な鍛錬と揺るぎない覚悟。
今日も隊員たちは、それぞれの場所で自分を磨きながら、日本の海を守っています。
取材日:2026/3/16
海上自衛隊横須賀地方隊 公式HP



