広島県呉市で育ち、今は神奈川県横須賀市で暮らす私にとって、自衛隊はずっと日常の風景の中にある存在でした。
海を見れば艦艇があり、
街を歩けば迷彩服姿の自衛官とすれ違う。
そんな光景は、私にとって特別なものではありませんでした。
けれど、身近に感じていたはずなのに、
そこで働く人たちが、どんな仕事をし、どんな思いで日々の任務に向き合っているのか。私はほとんど知りませんでした。
基地はすぐそこにあるのに、
門の向こう側は、どこか遠い世界のように感じていました。
見慣れていることと、知っていることは違う。
地域ライターとして横須賀を取材するようになり、
私は少しずつ、そのことに気づいていきました。

海上自衛隊横須賀地方総監部の一般公開を取材した際、初めて間近で見る護衛艦や潜水艦。
その迫力に圧倒されました。
でも、それ以上に印象に残ったのは、
そこで働く隊員の皆さんの姿でした。
子どもたちの質問に笑顔で答えたり、
来場者と言葉を交わしたり、
一緒に写真を撮ったり。
小さなお子さんからご年配の方まで、
たくさんの方が隊員の皆さんとの交流を楽しんでいました。
「自衛隊って、こんなにも身近な存在だったんだ」
その光景を見て、
それまで感じていた自衛隊との距離が
少し縮まったように思いました。
その後、海上自衛隊「潜水医学実験隊」の
飽和潜水訓練を取材する機会をいただきました。
一つの判断が、
命に関わることもある訓練。
緊張感の中で訓練に臨む隊員。
そして、それぞれの持ち場から支える隊員たち。
一人ひとりが自分の役割に責任を持ち、
真剣に向き合う姿がとても印象に残りました。
普段の生活では見えないところで、
こうして任務に向き合っている人たちがいる。
一般公開で感じた「身近さ」と、
訓練の現場で知った「責任の重さ」。
取材を重ねる中で、
私の中にあった自衛隊のイメージは、
少しずつ変わっていきました。

取材を重ねるなかで、
任務に就く隊員たちの、それぞれの「日常」に触れる機会がありました。
長い期間、艦艇で過ごす人。
家族と離れて任務に就く人。
そして、その帰りを待つ家族。
自衛官にも大切な人がいて、
それぞれの暮らしがある。
当たり前のことかもしれません。
でも私は、取材をするまで、そのことを深く考えたことがありませんでした。
私は自衛官でもなければ、
軍事の専門家でもありません。
自衛隊のある街で暮らしながら、
その仕事や、そこで働く人たちのことを
ほとんど知らなかった一人です。
だからこそ、知らなかった私だから伝えられることがあるのではないか。
艦艇や装備だけではなく、
そこで働く「想い」を伝えたい。
そんな思いを何か月も温め、
形にしたのが、自衛隊専門メディア
「yokotona – よこすか艦(ふね)のとなり」です。
「yokotona」は、
「よこすか」と「となり」から名付けました。
遠い存在だと思っていたけれど、
本当はずっと、となりにいた。
守る人のとなりに、この街の暮らしがある。
そして、私たちの暮らしのとなりにも、守る人たちの日常がある。
同じ街で、それぞれの暮らしを生きる人たち。
その「となり」にある、
まだ知られていない日常や思いを、
一つひとつ丁寧に伝えていきたい。

自衛隊が好きな人も。
護衛艦が好きな人も。
自衛官や、そのご家族も。
そして、
「自衛隊のことは、よく知らない」
という人にも、読んでいただけたらうれしいです。
私も、そこから始まった一人だから。
知ることで、見えてくるものがあります。
艦(ふね)の中で任務に向き合う人。
制服の向こうにある、一人ひとりの暮らし。
そして、これまで何気なく見ていた横須賀の景色も、
少し違って見えてくるかもしれません。
「自衛隊がある街」から、
「自衛隊とともに暮らす街」へ。
ずっと「となり」にいる人たちの物語を、
ここ横須賀から、一つひとつ丁寧に届けていきます。
そしてこのメディアをこの街で暮らす人、自衛隊に関わる人、そして皆様と一緒に育てていきたいと思っています。
創刊にあたり、これまで貴重な取材の機会をいただいた防衛省、海上自衛隊横須賀地方総監部、陸上自衛隊武山駐屯地、陸上自衛隊高等工科学校、関係団体の皆様、趣旨に賛同し連携してくださる横須賀海軍カレー本舗様 、合同会社イースカ様、そして、このメディアの思いに耳を傾け、応援してくださる皆様に、心より感謝申し上げます。
また、構想の段階から立ち上げまで多くのお力添えをいただき、アドバイザーを務めてくださる前海上自衛隊横須賀地方総監・真殿知彦氏にも、心より御礼申し上げます。
2026年9月1日
YOKOTONA編集長 うみのとなり



