グローバルな安全保障環境が急激に変化する中、日本周辺の海洋秩序はかつてない緊迫感に包まれています。
その最前線において、首都圏および広大な周辺海域(横須賀警備区)の防衛・警備・災害対応に加え、第一線部隊が継続して任務を遂行できるよう支える補給・整備・基地運営の中核を担っているのが海上自衛隊横須賀地方隊です。
今回、創刊特別企画として、着任から約半年を迎えた海上自衛隊 第52代横須賀地方総監 八木浩二海将に横須賀地方隊の任務や現在の安全保障環境への認識、そして今後の展望についてお話を伺いました。
着任半年の決意と地方隊の基本方針

着任から約半年を迎えられますが、改めて、任務にあたっての初心や決意をお聞かせください。
八木総監: まず、海上自衛隊全体、そして横須賀地方隊の根底には、「精強、誠実」という指導方針(「S2」と表されるもの)がしっかりと息づいています。
その上で、私個人の勤務目標(座右の銘)は「至誠」です。これも「誠」を尽くすという意味であり、本質的に同じ方向を向いています。ですから、誠実に横須賀地方隊としての任務を遂行・完遂していくというのが基本的な初心であり、私の勤務目標です。
近年、部隊の改編など大きな変化はありましたが、横須賀地方隊が担う災害派遣やロジスティクス(後方支援・兵站)の任務といった本質的な役割が大きく変わるわけではありません。基本に忠実に、これまで通り災害派遣やロジスティクス、そして米海軍や関係自治体との連携をしっかりと積み重ねていくことが、基本的な方針です。
災害派遣やロジスティクス、基地警備の強化について、具体的にどのような取り組みを進めていらっしゃるのでしょうか。
八木総監: まず災害派遣についてですが、我々の横須賀地方隊には、全般的な計画に加え、例えば地震については万が一発生すれば甚大な被害をもたらす3つの巨大震災を想定した計画が整備されています。
具体的には、以下の3つです。
- 首都直下地震
- 南海トラフ地震
- 日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震
これらに対する計画はすでに整備されていますが、これをただ維持するのではなく、状況の変化に合わせてより深化させ、それに応じた実戦的な訓練を重ねて備えを万全にすることが基本方針です。
次にロジスティクス(燃料補給、ミサイル整備などの通常後方支援業務)についてですが、日頃の通常業務を確実に実施しつつ、施設の老朽化対策を計画的に進めています。海上自衛隊の倉庫には、古いものだと大正時代——帝国海軍時代から受け継いで使用している歴史ある建物もあります。古いからダメというわけではありませんが、第一線部隊に対してより効率的かつ確実に物資を提供するためには、老朽施設の計画的な更新・建て替えを進めていきたいと考えています。
また、基地警備においては、現代の脅威であるドローン(無人機)への対応など、最新の装備や技術を取り入れ、隙のない警備体制を確立していく方針です。
隊員の「人的基盤の強化」については、現場部隊としてどのようなアプローチをされていますか?
八木総監: 人的基盤の強化については、防衛省全体でも取り組んでいますが、現場部隊の指揮官としてできる「隊員の処遇改善」を地道に進めています。給与や制度面などの大枠は防衛省レベルで対応されますが、私たちは現場の勤務・生活環境の改善、例えば「古い建物やトイレの改修」など、隊員が少しでも快適に、意欲を持って勤務できる環境づくりをやっていきたいと思っています。
また、少子化にともなう人口減少の中で、新規隊員の「募集」は非常に大変な状況です。基本的には各都道府県の自衛隊地方協力本部(地本)が主に募集業務を担っていますが、総監部としても地本への支援や、週末の広報活動などの各種広報をしっかりと行っていきます。
さらに「援護(退職後の再就職支援)」も重要です。隊員が定年や任期満了で自衛隊を退職した後も、安定した生活を安心して送れるよう、確実なセカンドキャリアを確保していきたいと考えています。
運用の記憶——ナホトカ号重油流出と能登半島地震

防衛の中枢で長年にわたり「運用」に携わってこられました。実際の任務の中で、特に印象に残っている災害派遣などのエピソードを教えてください。
八木総監: 運用という観点で、非常に強い印象として心に残っている出来事が2つあります。
1つ目は、1997年(平成9年)1月、日本海で発生したロシアのタンカー「ナホトカ号」の重油流出事故における災害派遣です。
当時、私は護衛艦「あぶくま」の航海長を務めていました。日本海に流出した大量の重油が、寒さで固まり、まるで石鹸のような塊となって無数に漂流しており、それを回収する任務に当たりました。
冬の凍てつく寒さの中、隊員たちは船の舷側で風雨に晒され、文字通り油まみれになりながら、ひしゃく(柄杓)を使って手で地道に重油をすくい、ドラム缶に貯めていく作業を続けました。過酷な環境下で黙々と任務を遂行する隊員たちの姿は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いています。
2つ目は、令和6年1月1日に発生した「能登半島地震」への対応です。
当時、私は統合幕僚監部の運用部長という立場にあり、陸・海・空の自衛隊全体の部隊運用を調整する任務にあたりました。当時の統合幕僚長である吉田圭秀氏(現・防衛大学校長)の直接の指導・指示を受けながら、一丸となって対処したことが深く印象に残っています。
この能登半島地震では、半島の根元部分が土砂崩れ等で寸断され、陸路からのアクセスが極めて困難になるという大きな地理的制約がありました。そうした中、海上自衛隊の最大の強みである「洋上からアクセスできる」という特性が発揮されました。
私たちは「SEA-BASE(洋上基地)」構想を活用し、輸送艦やLCAC(エアクッション艇)を用いて、陸路が絶たれた孤立地域に対して海側から直接アプローチし、迅速に物資の補給や生活支援を行いました。
前提として、道路が復旧し、トラックが通れるようになれば、圧倒的な地上戦力と輸送力を持つ陸上自衛隊が中心となります。しかし、それが整うまでの間、海上自衛隊が持つアセットと自律性を活かして、孤立地域に機動的かつ比較的にしっかり支援を届けられたことは、海上自衛隊としての特徴が最も現れた極めて有意義な作戦であり、自衛隊の統合運用の歴史においても画期的な事例でした。
そのほか、2011年(平成23年)3月11日に起きた東日本大震災の際には、発生時は防衛研究所の学生でしたが、修業後、統幕日米共同班長として着任、トモダチ作戦の後半部分に従事しました。前任者との間で、在日米軍のカウンターパート(タウン大佐)と信頼関係が構築されており、効率的に業務にあたることができました。
熊本地震(2016年(平成28年)4月14日)では、海幕運用支援課長として対応にあたりました。
日米連携と地域社会への貢献

横須賀市や米海軍基地との関係性、そして地域との連携についてはどのようにお考えですか。
八木総監: 横須賀市は、海上自衛隊にとって極めて重要、かつ特別な自治体です。我々が第一線部隊に対して行うロジスティクス支援や補給基盤の提供は、地元の多くの業者さんや市民の皆さんの協力、各種調整における自治体との強固な連携がなければ到底成り立ちません。そうした各種の連携・調整があって初めて、横須賀地方隊の活動は成立していると言えます。
私自身、防衛大学校時代を含めると、通算で10年近くこの横須賀に住んでおります。一人の住民として、この街の「良き市民でありたい」と心から思っています。
実際、現役の隊員や多くのOBが横須賀市民として暮らしており、地域の行事やお祭りにも積極的に参加しています。
5月には、下町連合祭礼に総監としてお招きいただき、市長と一緒に制服姿に祭礼半纏を羽織り、お神輿の先頭を歩かせていただきました。お神輿がいっぱい集まる横須賀中央駅前からのパレードは一大イベントで、市民の皆さんの熱気と自衛隊に対する温かい眼差しを肌で感じることができ、大変素晴らしい経験となりました。
米海軍との関係についても、基地が隣接しているという地理的特徴もあり、日常的に緊密な連携を維持しています。
港湾内のオペレーション(ポートオペレーション)におけるタグボートの運用調整などを含め円滑に様々な活動ができるよう、不断の調整と情報共有を行っています。
7月には在日米海軍司令官であるジョンソン少将とともに北海道の陸上・航空自衛隊の部隊を視察・研修し、日米の相互理解を深めるジョイントビジットを行いました。米側の司令官にとっては、北海道の陸空部隊に触れる貴重な機会であり、こうした信頼醸成が現場の抑止力を支えています。
また横須賀准曹会のボランティア活動などを含めた地域との連携にも努めています。
組織の要「家族支援」と具体的な取り組み

隊員やそのご家族への想い、そして「家族支援」について詳しくお聞かせください。
八木総監: どの組織でも同じですが、組織は「人」がいなければ成り立ちません。そして過酷な任務に臨む隊員たちにとって、最大の心の支えとなるのは他ならぬ「ご家族」です。海上自衛隊としては、隊員本人だけでなく、ご家族も含めてすべてが「海上自衛隊チーム」であると強く認識しています。
自衛官の仕事は、どうしてもご家族に大きな負担をかけてしまう側面があります。災害派遣時には、自分たちの住む地域や家庭が被災していたとしても、任務のために現場に赴かなければなりません。また、艦艇の乗組員であれば、台風が接近して自宅が心配な時であっても、船を壊さないためにあらかじめ沖合に退避させる「台風避泊」のために出港しなければならないのです。
だからこそ、総監部としては「家族支援・家族保護」を極めて重要なミッションとして位置づけています。
近年ではワークライフバランスの推進として、訓練や任務は仕事としてしっかり集中して行い、休みのときはご家族の元に帰ってゆっくり過ごせる環境づくりを行っています。
また近年増加している女性隊員の活躍にも十分に意を用いていきたいと考えています。具体的な取り組みとしては、夫婦自衛官の配置をうまく調整して働きやすくする配慮や、Jキッズマリンこのはな保育園(田浦)のような教育環境の存在に加え、厚生センターの2階に「ベビーシッタールーム」を設置し、夜間勤務や当直の際、契約した保育士の方に来ていただいて子供を預けられる「シッターサービス」の提供などを行っています。
隊員が安心して任務に就き、ご家族も安心して生活できるよう、まだまだ足りない部分もあるかと思いますが、少しずつ現場の環境を改善していきたいと考えています。
横須賀の魅力とグルメ、そしてお気に入りの地元商店街

総監が横須賀の街で特に気に入っている場所や、お好きなものについて教えていただけますか。
八木総監: まず挙げたいのは「海」の素晴らしさですね。総監部からの景色はもちろん、ヴェルニー公園、記念艦三笠のある三笠公園。そしてうみかぜ公園から観音崎へ向かう海沿いの道など、東京湾を一望できる景色はいつ見ても本当に素晴らしいです。晴れた日には富士山を望むこともでき、東京から来られる方々にとっても、非常に魅力的な景観なのではないかと思います。
そして、横須賀と言えばやはりグルメです。定番の「よこすか海軍カレー」や各部隊の「海上自衛隊カレー」は、お店でいただくものはもちろん、レトルト製品も極めて高いレベルで作られており、いつも美味しいと感銘を受けています。
また、着任してから教えていただいた地元名物の「ポテチパン」も、近くの老舗パン屋さんに買いに行くほどお気に入りになりました。
ドブ板通りも防大生の頃から馴染み深い場所ですが、最近では潜水艦部隊とコラボした「ドブサブバーガー(ドブ板サブマリンバーガー)」をいただき、そのボリュームと美味しさに驚かされました。
さらに、官舎近くの「上町(うわまち)商店街」の昭和レトロな佇まいは味わい深いです。昔ながらの和菓子屋さんや長い歴史を持つお蕎麦屋さん、昭和の雰囲気をそのまま残した食堂やレトロな洋服屋さんなど、歩くたびに新しい発見があります。
散歩がてら横須賀文化会館や横須賀市自然・人文博物館に立ち寄り、三浦半島の古代の生物の歴史や、横須賀製鉄所、帝国海軍の近代化の歴史(ヴェルニーの功績など)を勉強することも、大変有意義な時間となっています。
新メディアへの期待
今回、立ち上げた自衛隊専門メディア『YOKOTONA』は、自衛隊と地元市民を繋ぐ架け橋になりたいと考えています。このようなメディアに期待されることを教えてください
八木総監: 自衛隊と市民との「架け橋」という役割は、我々からすると非常にありがたいですし、素晴らしい試みだと思います。
繰り返しになりますが、自衛隊の活動は国民の皆さまのご理解と支持があって初めて成り立ちます。自衛隊としても広報活動は専門の部署(広報室等)を設けて予算と人員を割いて行っていますが、身近に自衛官の家族などがいない限り、なかなか一般の方々には自衛隊の実態が分かりにくいのが現実です。また主として「海」において行動する海上自衛隊は、地域や市民の皆さまの目に直接触れる機会は限られています。
それでも、このように「自分たちの活動を理解し、応援してくれているファンがいる」というその事実こそが、過酷な任務に臨む現場の隊員たちにとって、何よりの心の支えであり、モチベーションになります。
SNSやWeb、スマホで気軽に見られる新しいメディアを通じて、地域と自衛隊との距離が近い情報が発信されることは、非常に意義深いと感じています。
読者や自衛隊ファンへのメッセージ

八木総監:平素の海上自衛隊の活動に対するご理解とご支援に心から感謝申し上げます。横須賀に勤務する海上自衛官一人一人が、国防という重要な使命に思いをいたし、誠実に勤務に邁進いたします。
また各種災害の発生に際し、自衛隊は所要の部隊を迅速に展開・輸送し、国民の皆様の安全・安心のため、災害対応に万全を期して参ります。
これからの海上自衛隊が活動し、任務を完遂するには、地元横須賀の皆様、海自の支援者の方々のご理解とご協力が不可欠であります。
各隊員は、一人の横須賀市民として、また横須賀に勤務する自衛官として、市民の皆さまに誇りに思っていただける「良き市民」であり、「頼もしき防人」でありたいと願っています。これからも地域の皆さまとの信頼を大切にしながら、誠実に任務を全うしてまいります。
今後とも、変わらぬご理解とご支援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
取材日 2026/7/8
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